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流行るESG基準作り、取り残される実社会

岸上有沙氏による2020年ESGニュースアップデートシリーズ。

ESGの基準作りは現在、世界的に大流行りだ。

欧州に続いて作成されていく各国のグリーン(サステナブル)タクソノミーIFRS自身も含め、IFRS等の国際会計基準と同列の位置づけを求め協働と融合を検討するGRIやSASB等の元祖ESG基準団体;投資や企業コンサルタントによるサステナブル・ワーキング・グループやESG指標の整備;金融安定理事会の指示に基づいて作成されたTCFDに続く、自然資本に関する財務開示フレームワーク(TNFD)やカーボン会計のPCAFに続く生物多様性会計のPBAFなど、その動きは後を絶たない。

これだけを見れば、転換期に免れない混沌はあるにしても、行政、会計、機関投資家、アドバイザー、各方面において、ESG課題を投資行動の中に考慮する方向へ速度を上げて向かっている様に見受けられる。

しかし、現実はそんなに甘くない。

コロナ禍における実社会の実態は残念ながら改善どころか悪化しており、投資家と実社会に住む人々との間の乖離は開くばかりの様だ。

アセット・マネジメント会社であるM&G社によると、17の持続可能な開発目標(SDGs)のうち10個において新型コロナウィルスの影響を受けて進歩が妨げられているという。

またワシントンを拠点とするSocial Progress Imperativeでは、近年SDGsが実際に達成される時期の予測を立てているが、本来の2030年から遥か遅れた2082年としており、新型コロナウィルスの影響を受けて更に10年遅れる可能性があると警告している 。また、国連の予想では、20年ぶりに世界の貧困層が上昇傾向にあり、7,100万人が再び極度の貧困に陥ると言う。

2008年の世界金融危機の際には、金融システムの失敗の影響が実社会や実経済へと吹きこぼれて行った。一方、人やモノの移動がコロナ禍において未だ著しく滞り、多くの産業や日々の生活に大きな支障が続いているにも関わらず、株価は総じて通常運転である。

「責任ある投資」と「サステナブルな社会」を目指す投資関係者にとっては、この状況はどの様に映っているのか。この不安定で相反する二重構造に違和感を感じているのは、どうやら私だけではない様だ。

インパクト投資に関するグローバル諮問委員会(GSG)のインパクト・サミットにおいて、フォード財団のDarren Walker代表は次のように述べた;「ミルトン・フリードマンによる企業価値の手紙から50周年を迎える今、数十年に渡る景気低迷の礎となる思想による悪影響を見直さなければならない。私の様なエリート、または資産がある者は株式市場に投資でき、それ以外の大半の労働者が取り残されたと感じている。何十億もの人が負の影響を受けているパンデミックの最中、株式市場に投資できるものだけが得をしている構造は間違っている」。

自らの優位な立場を認めた上での大胆なメッセージだが、財団を代表する立場だからこそ、この様な発言が許されると思われるかもしれない。

それでは、中央銀行の立場ではどうだろう。欧州中央銀行の執行取締役、Isabel Schnabel氏は、「市場メカニズムがその役割を果たさず、(現状の)市場の力だけで最適な結果を生み出していない場合、市場評価に即したポジションが必ずしも適格なベンチマークと言えないだろう。」と述べている。Walker氏と視点は違えども、時として既存の資本市場の枠組みからの脱却が必要となることを同じように訴えている。

悪化していく統計を見て行くと、まるで新型コロナウィルスが諸悪の根源の様に思えてくる。しかし、むしろ元々根本解決していなかった課題がより顕在化し、本気で取り組む好機とも言えるかもしれない。

これまで影に隠れがちであった人権問題のコストも、コロナ禍において無視出来なくなり、投資家行動も加速されてきている。

5月には、9.5兆ドルの資産を代表する335もの機関投資家が、労働者の人権と、サプライ・チェーンにおける個人の健康と安全を守ることを訴える宣言に賛同した

養鶏加工を行う大手企業、タイソン社の会長自らが、工場スタッフの病や死亡によって「サプライ・チェーンが壊れてきている」と発したことからも、ビジネスや企業価値に直接影響を及ぼす認識が高まっている。

アマゾン社での高リスク商品における人権リスク評価を行うべきという株主提案において39%が賛成票を投じるなど、人権にかかわる株主提案への賛成票が総じて増えている。また、低炭素経済への移行の観点からはその製品が評価されているテスラ社においても、原材料であるコバルトの調達において、児童労働への関与の有無を元に、人権リスクに関する情報開示が提案され、プロクシー・アドバイザーのISS、Glass LewisやPIRCもその提案内容を支持している。

こうした流れの中、米国証券取引委員会では、株主提案を提出・再提出するための条件が著しく厳しくなっている。また、年金の運用の基盤を整備するエリサ法を改訂し、明確な経済的インパクトの無いサステナビリティに関する株主提案に賛同すること禁じる方向に向きつつある。

世界的なESGの流れと、取り組まなければいけない課題の中、逆流するような状況に懸念の声を挙げる投資関係者の声も少なくないだろう。しかし、数年前から金融安定理事会が世界経済にとって最も大きなリスクとして気候変動リスクを掲げ、大手企業のCEO自らも人権リスクの高さを認める傾向を見ると、こうした規制もさほど影響を及ぼしてこないかもしれない。

既存の経済や資本主義、株価の在り方を根本から問うことは、関連した職に就く人にとっては抵抗があることだろう。しかし、Walker氏やSchnabel氏の様に考えている人が、意外と多いかもしれない。

コロナ禍によって、隠れていた課題が浮絵の様に顕在化されていく中、現状にそぐわないシステムを指摘する勇気を持ち、実社会により即した投資や金融システムへと是正し、再構築する。楽観視出来ない社会の現実と目の前の数字の狭間で、一人ひとりのサステナブル投資関係者の役割が試され、同時に本領を発揮する絶好のタイミングとも言えるだろう。

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