

人は非常に自己中心的な生き物だ。
と同時に、何よりも人を大切にする生き物だ。
各国の風習、行政等による違いがあれども、過度の医療崩壊が生じることによって救えるはずだった一人ひとりの「人」の命が失われない様に、地球全体の人々が社会的、経済的に大きな「我慢」を積極的に、或いは強制的にここ1-2か月行ってきた。
「明日は自分かもしれない」と思えた「医療崩壊ギリギリの中での患者」を自分事として捉えることが出来たから、これだけ多くの人が、国が、動いたのであろう。
気候の変動によるインパクトが、低所得の外国人労働者が、食する魚・肉・野菜の持続可能性が、全て同じレベルで自分事として捉えることが出来れば、どれだけの行動が取れるのだろうかと想像すると、様々な課題が突き付けられる中で逆に希望に満ちてくる。
RIでは既に、「ESG Leader」、および「RI Careers Interview」と題したシリーズで、人に焦点を当てた記事をこの1年間で多く発信してきている。今回のコラムでは、そうしたシリーズとは別に、諸刃の剣となり得る「人」の課題と可能性に焦点を当てて、直近のサステナブル投資の動向を追ってみた。
誰の犠牲の上での(自粛)生活?
この1,2か月の自粛、またはロックダウン生活の中、このコラムの読者の多くが何かしらのオンライン注文と配達を利用したのでは無いだろうか。そしてその中でも一つぐらいは、アマゾンにお世話になった人も少なくないだろう。極力最小限に抑えようとしたが、私もその一人だ。
そのアマゾン社に対して、オランダのAPG年金基金、そしてニューヨーク市の5つの市の年金基金を管轄内に持つ会計監査官のScott Stringer氏等が中心となり、アマゾン従業員を Covid-19への感染から守る具体的な対策を株主に直接説明して欲しいとして、文書を提出した。取締役員であり、従業員の健康と安全に対する委員会の会長を務めるJudith McGrath氏に向けたものであった。
米国のいくつかの工場において、Covid 19 感染者、犠牲者が発覚したことが今回の文書の要因となっている。一方、アマゾン社での末端従業員における労働環境は以前より投資家によって懸念視されてきたことであり、一昨年の責任投資原則(PRI)年次総会においても議題に上がっていた。上場大手企業であるアマゾン社に対する今回の投資家行動だが、この課題はアマゾン社に限った話ではなく、私たちが日々消費する商品、サービスのサプライチェーンの多くに存在し得る課題と言えるだろう。
外出を必要最低限に抑える中で、日ごろの生活を支える生産者、業者を改めて認識、感謝した人も多いだろう。また、感染者、感染ルートを把握するという視点から、人と商品の流れをいつもより意識したかもしれない。きっかけは、Covid-19というウィルスの存在かもしれないが、こんな有事に限らず、通常の日々の衣・食・住、移動、などの裏にも必ず存在する人々のことを、一消費者、一投資家としても理解しやすくなったとすれば、これからの課題解決における大きな前進と言えよう。
化石燃料関連会社と取締役の独立性
Covid-19への対応によって経済活動が減速する中においても、銀行における化石燃料関連会社への投融資行動への厳しい目は続いており、ゴールドマン・サックス社、モルガン・スタンレー社、シティ・グループ等においては、北極圏における新たなガス・石油開発プロジェクトへの融資を制限する意向を掲げている。
同じく米国を本拠地とするJPモルガン社は、現在化石燃料セクターへの最大の資金提供を行っており、批判の的となっている。エクソン・モービル社でかつてCEO兼会長を務めたLee Raymond氏をJPモルガン社の独立取締役員として動員しており、それに対しニューヨーク市の会計監査官であるScott Stringer市は、市の5つの年金基金のうち3つを代表して再選への反対票を投じる意向を示した。独立取締役員を代表するLead Independent Directorとしての役割は交代することとなった一方、再選は承認される結果となった。
Raymond氏の古巣エクソン・モービル社では、現在もCEOと会長が兼務され、更に気候変動に関する政治的なロビイング活動を懸念し、Legal & General Investment Management (LGIM)は再選への反対票を投じる意向を示した。また、LAPFFでは、気候変動への取り組み(の消極性)を理由に当該企業の役員全員に再選に対する反対票を投じる様、メンバー基金への助言を行った。
英国の自然科学関係業界に向けたエグゼクティブ・サーチを行うLiftstream社によると、CEOと取締役会の会長が分かれている企業の66%に女性役員が存在するのに対し、兼務企業では42%と半分以下に留まり、コーポレート・ガバナンスの基本軸とされるCEOと会長の独立がその他のガバナンス体制の充実の指標となる一面も伺える。
経営トップよるサステナブルな企業文化作りへの舵取りなるか
一方、JP Morgan社に次いで化石燃料関連会社への資金提供が2番目に多いとされ、米国4番目に大きな銀行であるウェルズ・ファーゴ社は、大きく軌道修正を行う分岐点に立っている様だ。CEOのNico Marais氏は、RIとのインタビューの中でその意気込みを語った。
サステナブル投資に関する共同ヘッドとしてChris McKnett氏とHannah Skeates氏を新たに任命し、CEOであるMarais氏の直下に置くという。会社の文化を定義する上でこれまで資産の保護、資産の増加、そして資産からの給与の支払いをアウトプットとして掲げてきたが、4つ目に「良いことをする」を加えた。ベンチマーク指数のパフォーマンスを超える財務的な「アルファ」に加え、「ソーシャル・アルファ」を定義づけ、測定し、投資家に説明したいと言う。また、気候変動への行動がポートフォリオ・マネージャーに対して何を意味し、どのように教育すべきか、意向を行動に移す重要性について語った。
その方向性について異論を唱える人はあまりいないと思われるが、Marais氏が語る「意向から行動」に向かった成果がどのように現れ、測定されるのかは今後着目していくべきだろう。
資金的覚悟に結び付いた人選
言葉に紐づいた様々な資本が動かなければ、行動に限界が出てくるだろう。そうした意味では、最近最も大胆な動きが見られたのはドイツ銀行と言えよう。
2025年までに、2000億ユーロをサステナブルな活動に資金投入するという。この中には、アセットマネジメント部門で既に運用されている700億ユーロのESG資産は含まれず、グリーン融資や債券発行、およびプライベート・バンキングでのサステナブル資産が含まれるそうだ。
先月、キャピタル・マーケッツ部門の中に新たにサステナブル・ファイナンスのチームを掲げ、また、直近ではアジア・パシフィック地域における初のESG統括責任者を採用したことが報じられた。
人的体制を整えた今、Covid-19の影響の中での市場の様子を見ながら初のグリーン・ボンド発行を予定していると言うが、人選に先んじて掲げられた資金投入目標の行方は5年後の振り返りが楽しみだ。
CEOが還元できるものとその限界
ロべコ社は、Climate Action 100+のイニシアチブの一貫でエネル社とのエンゲージメントを実行し、その効果として気候変動への専門性を持った取締役員が採用されたという。採用されたSamuel Leopold氏は、元々DONG Energy社の風力発電の元CEOだ。また、WWF UKの理事長に、Tesco社 CEOのDave Lewis社が採用され、これまでの経験を活かして食料廃棄物の課題に着目すると言う。
CEOを経験した人材は、各々が所属してきた業種での知見が備わり、かつ経営ノウハウもあり、その上で他機関の理事や取締役会に関わる中で新たな客観性と視野の広がりも得られる相乗効果があるだろう。
一方、過度な外部委員の引き受けによって、本来のCEOとしての役割が疎かになること懸念視する声が高まっている。この点に関し、大手運用会社ブラック・ロック社では、投資先企業のCEOは他社の外部取締役員は2カ所まで、CEO以外の役員は4カ所までと定めている。対するバンガード社はそれより若干緩い方針を掲げているが、上場企業においては2カ所まで、それ以外は5カ所までと定めている。
同一人物に外部役員の役割が過度に集中する「Overboarding」課題を懸念視する裏には、企業の業績と不一致な高額な役員報酬への疑問が挙げられている。この課題を懸念視することによって、人数が膨張した取締役会を縮小するだけでなく、必要に応じて更なる的確な幅広い人材を発掘する機会となることに、個人的には期待したいと思う。
…今回のコラムでは、経営トップ含め、特にサステナブル投資従事者での人材の流れに着目した。その後の投融資先への方針、人との接し方、考え方に大きく影響を及ぼすと思われる、人選や体制づくりの参考材料となることを望んでのことだ。
一方、冒頭でのアマゾン社の例の様に日頃享受している商品やサービスにおけるサプライチェーン上の「人」の環境、そして、私たち一人ひとりの働き方、生き方も、平時以上に問いかけるきっかけをCOVID-19の影響がもたらす日々が与えてくれただろう。
自分ごととしての「ヒト」を優先することによって生じるしわ寄せ、迅速な行動による可能性の広がりの両側面がより身近に感じられる中、続くCOVID-19対応と次なる課題への取り組みを模索する上での一つのヒントとなれば幸いだ。
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