

先月、大手機関投資家、アセットオーナー、団体および政府機関の代表者が東京に集まり、国際会議RIアジア・ジャパン2019が開催された。
GPIF、第一生命保険、MS&ADインシュアランスグループホールディングスなどの影響力の大きいアセットオーナーが、ESGを投資プロセスに取り入れるための長期的計画や基本原理などを語ったと共に、ブレークアウトセッションでは、サプライチェーンにおけるESG、自然資本の価値、SDG目標14「海の豊かさを守ろう」に経済的に貢献する方法などのトピックが議論された。
気候変動やSDGsをテーマに行われたパネルディスカッションやインタビュー、基調講演では、可能なかぎり迅速な低炭素経済への移行が期待される世界で、投資家が直面しているリスクおよび機会についての検討が行われた。欧州委員会金融安定・金融サービス・資本市場同盟総局長(DG FISMA)のマリオ・ナヴァ氏は、基調講演で次のように述べた:「現在から2030年までが、我々にとっての短いチャンスだ」。
SDGs(持続可能な開発目標)
二宮雅也氏 – 日本の有力業界団体である日本経済団体連合会(経団連)の企業行動・CSR委員会委員長であり、損害保険ジャパン日本興亜取締役会長を務める – は、 SDGsは革新的なテクノロジーと経済成長が、気候変動などの課題に対するソリューションと共に育つ社会、「Society 5.0」実現の柱となるものであると述べている。経団連は内部の専門委員会の活動を通じSDGsの推進を支援しており、二宮氏は次のように述べている:「SDGsは…問題解決および価値創造のための共通言語である」。
アクサ・インベストメント・マネージャーズで責任投資・グローバル統括責任者を務めるマット・クリスチャンセン氏が述べるところでは、SRI(社会的責任投資)の興隆は価値に、ESGの世界では投資価値にそれぞれ重点が置かれていたが、SDGsではサステナビリティの要点が社会的アウトカム(成果)にシフトしている。ESGの世界にSDGsが追加されたことは、データの観点からは難題だったが、アクサはデータプロバイダーを起用してデータギャップを解消する予定であると述べている。「投資家にソリューションを提供する絶好の時だ。現在は非常に多くの投資家がSDGsに対して何かをしているものだと考えているため、『SDGsについて何もしていない』ということは通用せず、後れを取ることになるだろう」。同氏はまた、 持続可能な金融イニシアティブの一つであるグリーンボンドによって、 回避された二酸化炭素排出回避量の定量化などをはじめ、社債発行者や投資家がインパクトを証明する道が開かれたと述べている。
オーストラリアのインフラ投資運用会社・IFMインベスターズで責任投資担当エグゼクティブディレクター(Executive Director Responsible Investment)を務めるクリス・ニュートン氏は、アセットオーナーはこれまで以上にSDGsに関する活動を把握したがっている。しかし、アセットオーナー間の期待には大きな差がある:「欧州および北欧諸国の投資家は達成される成果に大きな関心を寄せ、オーストラリアの投資家はパフォーマンスを促進させるものに関心を寄せ、アジアの投資家はSDGsの優先順位を尋ねてくる」。
気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)
TCFDと レギュレーションに関するパネルセッションにおいて、日本の金融庁で新設されたチーフ・サステナブルファイナンス・オフィサーに就任した池田賢志氏は、TCFDを義務化することはないとした。「シニアマネジメントに説明し易い」という理由で同庁に義務化を求めてくる企業に関し、同氏は「そうした姿勢はもっとも歓迎されないものだ」と述べた。しかし、同庁総合政策局長の佐々木清隆が基調講演で略述しているように、同庁は日本におけるTCFDを積極的に推進している。池田氏によると「我々が重視するのは、企業が気候変動に対応し、グローバルトレンドと整合の取れた戦略を遂行することにより企業価値を向上させること」であり、 金融庁と経済産業省の協働で5月下旬に立ち上げるTCFDコンソーシアムは、気候変動への取り組みによる戦略的企業価値の向上について、投資家と企業の対話促進を目的としたものであると続けている。コンソーシアムへの参加はTCFDへの賛同が条件となり、国外の賛同団体も参加資格を有している。現在、76社に上る日本の企業および団体 – その3分の1は金融セクター – がTCFDへの賛同を公約している。
OECD事務次長の河野正道氏は、一方、アセット・オーナーズ・ディスクロージャー・プロジェクト(Asset Owners Disclosure Project)によれば、 世界のアセットオーナーの60%は気候変動に対する自身のアプローチについて有意義な報告をしていないと述べている。
北米および欧州からの登壇者は、続くパネルディスカッションで、情報開示・報告イニシアティブについて賛意を示している。気候変動開示基準委員会(CDSB)政策・渉外担当のマイケル・ジモニ氏は、TCFDに関する初年度の報告には順調な進捗がみられ、80社中30社が各自のアニュアルレポートで同イニシアティブに同意しているものの、導入についてはまだ初期段階にあり、利用可能なリソースについての認識不足が依然としてあると述べている。米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)のケイティ・シュミッツ・ユーリット氏は、TCFDに準拠した報告を試行している企業でも、気候変動リスクの財務的影響に言及していないことが多いとし、次のように述べている:「企業には『自分たちは期待に応えられるのか?』という懸念がある」。
シナリオ分析
気候変動シナリオ分析の利用法に関するパネルセッションでは、エミリー・マッザクラーティ氏– 気候データを扱うフォー・トゥエンティ・セブン(Four Twenty Seven)創設者兼CEO – は、低排出シナリオ達成は低い物理的影響に伴われ、高排出シナリオには大きな物理的影響が伴うとは考えないように投資家に対して警告している。「物事はそのように進まない」と語る同氏は、次のように述べている。「実際には、低排出・急激な移行・大きな影響というシナリオが同時に発生する可能性が高い」。
マッザクラーティ氏は、重要ながら同時に不確実な2つの要素 – 気候変動の物理的影響と、適応時の投資額 – 間の相互作用に基づく4つのシナリオを説明している。ベストケース・シナリオとして同氏は「我々は影響を受ける人や資産を最小限に食い止めることができるかもしれないが、現状まだ成し遂げられていないレベルで、適応に向けた投資およびエンゲージメントが必要となるだろう」としている。一方でワーストケース・シナリオとして、気候変動により不動産市場は「壊滅的状態」になり、「投資が行われなければ、我々は多くの価値破壊や人命喪失を目の当たりにすることになるだろう」と述べた。
ナディーン・ヴィール・ラメール氏– トランジション・パスウェイ・イニシアティブ(Transition Pathway Initiative)ディレクター – は、低炭素社会への移行に関する企業の準備度合いを評価するオンラインツールに、今年になって海運および化学という2つのセクターが追加されたと述べている。かつてスウェーデンの緩衝基金である第一国家年金基金(Första AP-fonden(AP1))で持続可能価値創造責任者(Head of Sustainable Value Creation)を務めた同氏は、投資家のイニシアティブであるClimate Action 100+にデータ提供をしている同ツールが、企業側の開示不足のためすべての炭素排出が反映されていないことを認めている。
ラメール氏は、カーボンフットプリントとストレステスト・ポートフォリオ両方の重要性を説明している:「カーボンフットプリントは、ある一時点でその翌日にカーボンプライシングが導入された場合の被害額を測定するもの」であり、「 ポートフォリオが将来にも適合し、今後20~30年にわたって続くか否かを示すものではない」と述べている。